遺伝子の存在だけが知られていて実際の生理機能が不明な受容体を「オーファン受容体」と呼びます。「オーファン」とは 「孤児」のことで、親(情報の化学的実体)というべき機能性の「生体内リガンド」(ホルモンなど)が同定されていないことから、このように呼ばれま す。受容体の新しいリガンドを同定するためには、リガンドの候補となる膨大な数の化学物質や生物検体を片っ端から活性測定を行い、しらみつぶしに探し ていくしかありません。そこで極めて効率のよい活性方法が必要となります。当研究室では主に「受容体−Gα融合タンパク質を用いたリガンド検索」とい う方法を用いています。
実際にリガンド探しをする受容体はいろいろです。
(1)生体内リガンドが既に知られている受容体
- 機能が分かっている受容体に結合する分子を探し出して、新しい薬として使えないかどうか、検討します。
(2)生理機能が不明の「オーファン受容体」
- 機能が分からない受容体は、実はまだ知られていない新しいホルモンや神経伝達物質に 対する受容体かもしれません。生体内からこれらのオーファン受容体を活性化する物質を探し出して、新しい生体内調節機構の解明に迫りま す。また、味覚の受容体やフェロモンの受容体と思われるものについてもリガ ンドとなる天然物を探し出して、ヒトや動物の行動が分子によってどのように影響を受けるかを研究してみたいと思っています。
受容体−Gα融合タンパク質を用いたリガンド検索
1.GPCRとハイスループットスクリーニングの背景
Gタンパク質共役受容体(GPCR)は三量体Gタンパク質と共役して働き、現在使用されている臨床薬の約5割以上がGPCRをターゲットにしている といわれている。GPCRのリガンド検索は公的研究機関だけでなく創薬をめざす製薬会社やベンチャー企業などが盛んに行っているが、その活性測定法の ほとんどは動物培養細胞に対象とするGPCRを発現させ、リガンド候補となる物質を作用させた時に起こる細胞の変化を観測することを基本にしている。 多くの方法が開発された中でもっとも成果をあげ、広く用いられている方法はアゴニスト→GPCR→Gタンパク質(特にGq系)→PLC→IP3→細胞 内カルシウム濃度上昇という一連の変化で起こる変化を、細胞に導入したFura-2やFluo-3などの蛍光の変化で観測する方法である。今日では Giなどに共役したGPCRに対する感度を上げるため、G16タンパク質やGq/iキメラタンパク質をGPCRと共発現させた細胞を用いることが多い が、この方法の問題点も指摘されている。また受容体発現細胞にもともと存在する内在性受容体の効果が、活性測定の結果を混乱させるもととなる。
我々は既存のスクリーニング系の問題点を克服するべく、従来とは異なる方法でGPCRリガンドのハイスループットスクリーニングが可能になる方法を 模索した。特にGi/oは脳での発現が強いにもかかわらずそれと共役したGPCRの活性測定は上記の方法を含め既存の方法が比較的苦手とするので、 Gi/oに共役したGPCRに重点をおいたリガンド検索系の構築を目指した。
2.受容体−Gα融合タンパク質によるリガンド検索の実際
さまざまな検討の結果、我々は受容体とGタンパク質αサブユニットとの融合タンパク質を昆虫細胞(Sf9)で調製し、その膜画分を用いてアゴニス ト依存性[35S]-GTPγS結合活性を測定する系を利用することとした.融合タンパク質を含む膜画分にアゴニストを加える と受容体につづいてGタンパク質αサブユニット部分が活性化されるが、GαにはGTPase活性があるので活性化に際してGαサブユニットからの GDPの解離が促進されGTPが結合する。我々の系ではGTPのかわりに[35S]-GTPγSを用い、この取り込まれた[35S]-GTPγS の量をシンチレーションカウンターで測定し、定量化する。
Sf9細胞への融合遺伝子の導入には組換え体バキュロウイルスを用いるが一連の過程はキット化されていて簡便である。リガンドスクリーニングは 96穴プレートを用いて行うので、手際よく準備しておけば全行程を1人で実験しても20枚のプレートを処理するのは(測定を除き)2時間以内に終了で きる。
3.スクリーニング系の評価
我々の方法の長所は、まず単純なbinding assayをするだけであり反応や作業が簡単なことである。またこの方法では他の方法と異なり、大量の培養細胞を継代し続ける必要がない。Sf9は数 リットルのスケールで浮遊培養可能で、調製した膜画分を凍結させておけばいつでも全く同じ比活性の膜画分をすぐに使用できる。一度1−3リットル程度 の培養を行えば、その膜画分の量で毎日トップカウントの処理量いっぱいまでアッセイしたとしても、半年以上は十分に測定し続けることができる。培養細 胞を使用する場合に細胞の継代や受容体の安定的な発現に気を使ったりスクリーニングのスケジュールに合わせて細胞を増やしたりする煩雑さを考えると、 この利点は現実的にはかなり意味が大きいし安心である。フルアゴニストとパーシャルアゴニストを区別したリガンドの解析が可能であることは薬理学的に は重要である。Sf9細胞の内在性受容体による活性測定上の副作用はこれまで報告されていない。
一方短所としてはGqと共役する受容体についてうまくいかないことである。しかし哺乳類培養細胞で受容体−Gqα融合タンパク質を発現させた場合 には[35S]-GTPγS の取込み量の上昇が顕著に報告されているので、今後Sf9でも条件を検討すればGqへの適用が可能 になると考えている。また細胞を使う場合のような受容体以下のシグナル伝達カスケードによる信号の増幅が期待できない。したがってアゴニストの検出下 限濃度はリガンドと受容体の間のKd値および[35S]-GTPγSの比活性で規定される。これは場合によっては既存の方法の 10倍程度感度が悪いと評価することもできるが、培養細胞の場合は内在性受容体の効果を確認するために試料を費やすことなどを合わせて考えるべきであ る。
我々は既にこの方法を用いてヒトゲノム情報から新規に同定したhGPCR48が5-oxo-ETE受容体であること、Linopiridineが hGPCR19のよいアゴニストであることなどを発見した。
↑;hGPCR19はLinopiridineにより活性化されることをhGPCR19-Gsα融合タンパク質を用いて示した結果