代表的な実験手法は?

どんな知識が必要なの?

  いろいろな研究テーマがありますが、自分自身がやりたいことを考えてもらうことが重要です。「この実験は自分のものだから、自分でやり抜くんだ!」という強い意識が必要になります。でなければ知りたいことは得られません。

 

(1)ファージの自律的形態形成の機構の解明

  まずファージの身体を作る部品となるタンパク質(サブユニット)の遺伝子を単離します(クローニング)。それを大腸菌で発現させて部品タンパク質を大量に作らせ、さらにクロマトグラフィーを用いてその部品タンパク質を精製します。

  精製された部品タンパク質がどのような大きさか、部品タンパク質同士がどのような強さで結合するかなどを機器分析によって調べていきます。

  また、精製された部品タンパク質の結晶を作成し、X線結晶解析により立体構造を決定します。生化学だけでなく高度な生物物理学の知識と理解が必要です。

 

(2)フェリチンの自己組織化機構の制御と2次元結晶の作製 

  フェリチンを大腸菌で発現させてクロマトグラフィーにより精製します。ただ、うまく並んでくれるように、つまり綺麗で大きな2次元結晶ができるようにフェリチンのアミノ酸配列を改変していかなくてはいけません。どのようなフェリチンなら綺麗に並んでくれるかはまだ予想の段階なので、何種類ものフェリチンを作ってみなくてはいけません。目的に向かって同じことを正確に繰り返すことが要求されます。

  2次元結晶の作製は比重の少しだけ重い水溶液の上にフェリチン溶液を浮かべてやることにより行います。意外なほど簡単な操作です。水面に形成された2次元結晶はすくいとって電子顕微鏡で観察します。さらに電子線散乱や画像解析を駆使して、フェリチンがどのように並んでいるかを解析していきます。

 

(3)タンパク質の材料化学への応用

  部品となるタンパク質の遺伝子を大腸菌で発現させて、部品タンパク質を精製することは他の実験と同じです。フェリチンの2次元結晶をシリコンウエハーに転写して鉄の量子ドットを作ったり、タンパク質とフラーレンの複合体を作ってみたり、やってみたいと思うことは沢山あるのですが本当にそんなことできるのでしょうか?皆さんのアイデアをお待ちします。自由で奇抜な発想と、うまくいかなくてもがっかりしないガッツが求められます。

 

(4)機能不明のGタンパク質共役受容体の生体内リガンドの同定 

  「これは!」と思った受容体の遺伝子を単離して昆虫細胞に導入します。すると昆虫細胞の細胞膜上にヒトの受容体ができます。これに「こいつはどうかな?」というサンプルを作用させてみて、受容体が活性化されるかどうかを放射性同位体を用いて調べます。屠殺場からブタの内臓を買ってきてはミンチにしたりナベで煮たり、部屋全体が4℃のコールドルームで寒さに震えながらクロマトグラフィーをやったり。かなり悲惨な実験が多いですが、全ては新しい生理活性物質発見者としての名誉と栄光(?)のためです。

 

(5)当研究室で新しく同定した受容体の解析 

  現在は当研究室で同定した5-oxo-ETEという生理活性脂質に対する受容体の研究が主です。この脂質は白血球の遊走活性を引き起こすので、その仕組みを細胞を用いて解析します。ハムスターから取ったCHO細胞という培養細胞にこの受容体を発現させると、そのCHO細胞は5-oxo-ETEに向かって進んでいくという性質(正の走化性)を示すようになります。細胞膜上の受容体に5-oxo-ETEが結合してからどのような反応や過程を経て細胞が5-oxo-ETEの濃度が濃い方に向かって進むという現象が起こるようになるのか、細胞内で起こっている現象をいろいろな遺伝子やタンパク質の機能を阻害して調べてみます。

  また、5-oxo-ETEやその受容体が炎症やアレルギーなどにどのように関わっているかも今後調べていきたと思っています。毎日の細胞のお世話に辛抱が必要ですよ。

 

(6)コンビナントリアルケミストリーによるライブラリーの作製

   そこからの新規生理活性物質のスクリーニング 

  有機化学の新しい発想として数十万種類の化合物を一度に混合物として合成し、その中に薬として使えるものがないかどうか調べる、という方法が検討されています。すごい考え方なのですが、本当に膨大な数の化合物が片寄りなくほぼ同じ量づつ合成できるのか、とか混合物の中から薬として使えそうなものを探し出すことができるのか、などまだまだ問題が多いです。

  当研究室では手持ちの受容体を用いていくつかのモデルケースを設定し、この考え方がどのぐらい本当に現実的に可能性がありそうか、検討してみます。たとえばデタラメなペプチドの混合物を合成して、その中に受容体の機能を阻害できる物質があるかどうか調べてみます。有機合成もやらなくていはいけないので、大変な実験です。

 

(7)トランスジェニックカイコによるGタンパク質共役受容体の発現

  受容体の機能を調べるのに受容体が沢山必要ですが、細胞を使った受容体の発現量には限りがあります。そのため単一標品として精製された受容体はこれまで数種類しかありません。当研究室では受容体の発現にヤトウガ由来のSf9細胞を使っているので、いっそのことカイコに受容体遺伝子を導入してカイコの個体(虫!)に目的の受容体を作らせてみることを考えています。カイコなら安い設備投資で大量に飼うことができるからです。

  実際に受容体をたくさん作るカイコが作成できれば受容体の精製を試みます。受容体の精製に成功すれば、結晶化してX線結晶解析だってできるかもしれません。そうすれば新しい薬の開発に大きく貢献できます。

  また、ヒトの受容体を発現したカイコが実験動物の代わりに使えないかどうか検討してみようと思っています。カイコの知識を持った優秀な研究者がたくさんいる桐生ならではの研究です。虫がきらいな人はこの実験には向きませんね(カイコを殺さなくてはいけないから、あんまり好きでもダメかもしれないけど)。

 

(8)受容体ノックアウトマウスの作製と解析

  目的の受容体の機能を個体レベルで調べるために、その受容体の遺伝子が破壊されてしまって受容体を持たなくなったマウスを作成して、発生や行動などに異常がないかどうか調べます。まずは目的の受容体遺伝子周辺の大きなゲノム断片を用意しなくてはいけません。また、そのゲノム断片を特殊なベクターに組み込んでマウスのES細胞にとりこませ、受容体遺伝子が破壊されている細胞からマウスを発生させます。ゲノム断片の単離からノックアウトマウスの作製、遺伝子が本当に破壊されているかどうかのチェック、発生や行動の解析など、非常に時間がかかる研究です。

 


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